withコロナ時代を生き抜くための“レジリエンス“

withコロナ時代を生き抜くための“レジリエンス“

ある会社での出来事。都心の一等地に構えるオフィスは昼間にもかかわらず照明は暗いまま。ドアの向こうに見える数百人分の仕事スペースには人の気配がほとんどない。4月からリモートワークを推奨したこの会社の在宅率は6月には93.2%となった。
広い会議室に入ってきたのはたった一人、この会社のCEOである。今から10分後には従業員に向けたオンライン会議に臨まなくてはならない。しかし、これから先の経済不安で意気消沈し、活路が見出せず怖くてたまらない。
このような光景は、新型コロナウイルス感染症の危機と経済活動の停滞を受けて、数ヶ月前から世界中の至る所で見かけるものだ。

新型コロナウイルスのパンデミック、それに伴う経済の停滞は多くの人々を不安に陥れている。今しばらくこの先行き不透明な状態は続くだろう。
経済界のトップ、経団連の会長である中西宏明氏はある誌面で次のように語っている。「新型コロナウイルスの日本経済への影響は相当深刻だと思います。影響収束までは2~3年かかるのではないでしょうか。」また、「アフターコロナに向けては、コロナ危機前の姿に戻すのではなくさらなるグローバル化を見据えた新たなルール作りに取り組むべきです。産業のグローバル化はより 進展するでしょう。それと同時並行で、国や地域単位でレジリエンス(困難な状況に直面した際 の強靭さや復原力)を確保する動きが広がると思います。考え方の次元、軸が変わる。いい知恵を出せた企業にとってはチャンスとなるでしょう。」と述べている。

レジリエンス(再起力)とは

レジリエンス(再起力)とは

心が折れそうになっても踏みとどまる力であり、挫けない精神。逆境から立ち直る「強靭さ= しなやかさ」である。レジリエンス研究の第一人者であるペンシルベニア大学ポジティブ心理学センターのカレン・ライビッチ博士は、「レジリエンスとは逆境から素早く立ち直り、成長する能力」と定義している。

レジリエンスの高い人に宿る3つの能力

① 現実をしっかり受け止める力

作家のジム・C・コリンズは、ベトナム戦争で捕らえられ8年間も虐待を受けていたある将軍に対して、最後まで虐待に耐えられなかったのはどういう人かという質問をした。「それは楽観主義者です。クリスマスには出られると考えた人たちです。クリスマスが過ぎると、復活祭までには出られると考える。次は独立記念日で、その次は感謝祭。そしてまたクリスマス・・・・・。」
コリンズの研究によると、産業界で大成功している企業の幹部のほとんどが同様の平然さを有しているという。この将軍のようにレジリエンスの高い人は、生死に関わる現状について冷静かつ現実的な見解を持っているようである。

② 人生には何らかの意味があるという強い価値観や信念

差し迫った状況に直面すると「何でこんなことが自分に降りかかってきたのだろう」と嘆き、諦めてしまう人がいる。自分自身を被害者と考えてしまう人々であり、困難に直面しても何も学ばない人たちである。しかし、レジリエンスの高い人は自分自身や他者にとっての意味を見つけ、困難を概念化しようとする。
意味を見出す作業が橋渡しとなって、レジリエンスの高い人の多くが辛かった今日から充実した明日を確立している、と多くの研究者は主張する。その橋渡しが、困難な現状でも対処可能とし、「この状況はどうにもならない」という感覚を払拭させるのである。

③ 超人的な即興力

手近にあるもので間に合わせる能力。心理学者の間ではこのスキルを「ブリコラージュ」と呼んでいる。その語源には「すぐに回復する」という意味があり、レジリエンスの概念と密接に関係している。一種の独創的な能力であり、必要なツールや素材が手元になくとも問題解決策を即興的に作り出せる能力と定義される。状況が不透明で、他の人たちが混乱しているような時でも、ブリコラージュの高い人は可能性を想像しながら何とか切り抜ける。

レジリエンス(再起力)とは、人々の精神と魂に深く刻まれた反射能力であり、世界と向き合い、理解する能力である。レジリエンスの高い人や企業は、現実に毅然と目を向け、困難な状況を悲嘆することなく前向きな意味を見出し、解決策を生み出していく。

レジリエンスを強化する方法~脳を再訓練する

レジリエンスを強化する方法~脳を再訓練する

人間は気が動転している時、後で後悔するような言動を取ってしまうものである。これは扁桃体、すなわち危険を察知して闘争・逃走反応を誘発する脳のレーダーが、前頭前野にある遂行機能を乗っ取ったことを示す確かな兆候だ。神経の観点から言えば、この乗っ取られた状態をすぐに解消することがレジリエンスにつながる。

ウィスコンシン大学の神経科学者リチャード・デビッドソンは、扁桃体による乗っ取りが生じた後にエネルギーと集中力を取り戻すための回路は、前頭前野の左側に集中していることを発見した。また、動揺や不安を感じている時には、前頭前野の右側が活発に活動することも確認している。前頭前野の左右の活動レベルには個人差があり、それが日々の気分に影響を及ぼす。右側が活発になると苛立ち、左側が活発になると様々な憂鬱からすぐに回復する。デビッドソンは職場におけるこの現象を研究するために、企業やマサチューセッツ大学メディカルスクールのジョン・カバットジンとチームを組んだ。カバットジンは企業の従業員たちに「マインドフルネス」の指導を行なった。
マインドフルネスは意識を“いま、ここに“集中させることで集中力向上やストレス軽減に効果がある方法である。その瞬間起きていることを認識しながらも過剰に反応をしなくなると言われる。
従業員は一日平均30分間、8週間にわたってマインドフルネスを実践した。すると、当初はストレスを司る右側に偏っていた脳の活動がレジリエンスのある左側でより活発となった。さらに、自分の仕事のやりがいが何であったかを思い出したという従業員もいた。働き始めた頃に活力の源泉となっていたものを取り戻すことができたという。

ピラティスとレジリエンス

ピラティスとレジリエンス

マインドフルネスの具体的な実践として、座った状態で呼吸に意識を向ける例がある。ピラティスは自分の呼吸と身体を内観しながら動いていくボディワークだが、例えば脊柱の骨ひとつずつに意識を向け順番に繊細に動かしていく代表的なエクササイズがある。一つ一つの骨に意識を向けることで、今の自分の身体の状態に意識を集中させることができる。ゆえにピラティスは「ボディマインドワーク(動く瞑想)」と呼ばれる。
ピラティスによりマインドフルネスをライフスタイルに取り入れることは、脳の再起回路を鍛え ることへ繋がり、レジリエンスを高めると言える。

withコロナ時代を生き抜くための“レジリエンス“

withコロナ時代を生き抜くための“レジリエンス“

哺乳類が100万年かかる進化を、ウイルスはわずか一年でやってのけるという。しかし、一世代のうちに劇的な変化を成し遂げられるのが人間社会である。
いつ完成するともわからないワクチンを指を加えて待つのか。二度と戻らない数ヶ月前の社会へと回帰するのを夢見るのか。止められない毎日の変化をただ見て過ごすだけなのか。コロナと共生していく私たちに今求められるのは、新しい一歩を先へと進めるための“レジリエンス“ではないだろうか。

参考:
『アフターコロナ 見えてきた7つのメガトレンド』-日経クロステック
『ハーバード・ビジネス・レビュー[EIシリーズ]レジリエンス』-ダイヤモンド社
『ハーバード・ビジネス・レビュー 2020年8月号 特集「気候変動」「不安とともに生きる」』 -ダイヤモンド社