しあわせのカタチ

こんな本屋に、行きたかった

こんな本屋に、行きたかった
04|坐坐奔奔「長い月日をかけて“型”となり、文化となった芸能に魅せられて」

ーー夜神楽、歌舞伎、ジャティラン。国内外の“芸能”に魅せられて。|独立系書店「坐坐奔奔」店主・長本かな海さんの1日【こんな本屋に、行きたかった vol.4】

連載企画「こんな本屋に、行きたかった」。第4回は小田急線・狛江駅から歩いて約10分の場所にあるブック&カフェ「坐坐奔奔」です。生前、野口整体の創始者・野口晴哉が暮らし、現在は「野口晴哉記念音楽室」として人々が訪れる建物内にあります。整然とした空間には文化人類学や芸術にまつわる本が700冊ほど並び、こだわりのコーヒーを愉しみながら、本の世界に浸ることができます。

店主の長本かな海さんは国内の民俗芸能「夜神楽」やインドネシア・ジャワ島の憑依芸能「ジャティラン」に魅せられ、大学・大学院で研究を行ってきました。本との接点も多い環境に身を置いていたものの、本屋をやりたかったわけではなかったといいます。

「なんか、本屋になってしまったって感じなんです」

長本さんのお話は、世界という大きな流れの中で「個」として在ることはどのようなことなのか、またどのように世界と繋がっているのかを改めて考えさせてくれるものでした。

親交があった家主から「家で本屋やらない?」と誘われて

「野口晴哉記念音楽室」を運営する全生新舎の野口晋哉さんとは、前々から知り合いで、ある日突然「うちで本屋やんない?」と連絡が来たんです。よくよく話を聞くと、彼は前々から半分倉庫状態になっていたこの場所を、本屋にしたいという想いがあったみたいで」

ただ、話を受けた当時の長本さんは、出産からまだ半年も経っていない頃。仕事を再開するつもりもなく、子どもとの生活を送っていたタイミングでした。

「最初は“ちょっと考えます”って言ってたんですけど…気づいたら本屋になってたって感じです」

「こうしたい」という意思だけで何かを進めるよりも、“なぜかそちらへ向かっていってしまうもの”の方が、ご自身にとって豊かな経験になることが多かったと話します。

「インドネシアもそうなんですけど、何回も行くことになったとか、やることになった、みたいなことの方が、自分にとってすごく大事なものになることが多くて。無理してないことの方が、上手くいくんじゃないかなって思うんです」

長本さんを形づくった芸術、民俗、芸能

文化人類学をはじめ、民俗学や呪術、儀礼、芸術、身体、文化の本。選書の背景には、長本さん自身の歩みがあります。そのきっかけは大学生の時に出会った、夜神楽。長野や愛知、九州の山奥などで、一晩中舞い続ける芸能の一つです。その場へ何度も足を運びながら、「芸能とは何か」を考え続けていたそうです。

「各地を巡り続けるうち、歌舞伎がどのように生まれたのかが気になり始めて。芸能に興味を持ち始めたのは、その頃です」

その後、大学を卒業してからはテレビ局や屋久島での障がい者アートプロジェクトなどに携わりました。そして、再び長本さんを芸能の研究へと導いたのは、インドネシア・ジャワ島の憑依芸能「ジャティラン」でした。

「始まって早々現れる男の子たちは全然やる気なさそうなんですよ。“私、何を見せられてるんだろう”って思ってたんですけど、呪術師によって精霊の憑依が引き起こされた瞬間、彼らの踊りがもの凄く、美しくて」

この出会いが、大学院へ入学するきっかけになったそうです。研究対象は無論、ジャティラン。儀式と芸能の境界が曖昧なその文化について、論文を集め、映像を見続け、研究を重ねていったそうです。

個人が作ったものではなく、長い時間をかけて受け継がれてきた“型”に力を感じる

「個人が作ったものにあまり興味がないんです。文化って、ある人が“これは文化です”と言って、つくられるものではないですよね。いろんな人が自然と生きてきた中で、結果として生まれてきたものだと思うから」

長い時間をかけて代々、人々の身体に染み込んで行ったもの。その“積み重なり”が文化であり、強く惹かれると話します。そして、その感覚は選書にも色濃く表れています。

例えば、旅について書かれた本でも、「自分が何を感じたか」だけを語るものより、その土地の文化や、人々の暮らしの中に、自分自身がどう関わったのかを書いている本に惹かれるのだといいます。

「“個”だけを見てる本よりも、その向こう側を見ようとしてる本の方が、私は面白いなって」

坐坐奔奔に並ぶ本たちは、知識として読むというより、“人間の営み”そのものに触れるような感覚があります。

芸能の舞台と世界の成り立ちに共通項を見出した一冊「聖霊の王」が教えてくれたこと

長本さんが思い出深い一冊として紹介してくれたのが、中沢新一『聖霊の王』。大学時代に出会った本で、今でも何度か読み返しているそうです。中でも印象に残っているのは、「芸能」と「世界の成り立ち」を重ね合わせて綴られたものでした。

「舞台に立つ前、演者は暗い楽屋にいる。それは、生まれる前の胎児のような状態。舞台へ出ることで世界が立ち上がり、役目を終えて引っ込むことで、また世界は静かに閉じていく。そのように芸能が始まり終わっていくことを、世界や人が生まれ消えていくことと重ね合わせるように書かれていて。現在の自分の価値観を形作るうえで、ものすごく影響を受けた一冊です」

「とは言いつつも私自身、本の内容は忘れてしまうんですよ。でも、それでいいかなって。
たぶん無意識の中には残っていて、自身も気づかないところで今の自分を作ってるのだと思います」

空間を隔てる入りづらさ、世間と逆行する閉じた世界の面白さ

「おそらく、目の前まで来て入らずに帰ってる人もいっぱいいると思うんですよね。一般的に見たら、瓦屋根の大きな家。玄関もまさしく玄関という佇まいですし」。

「今の時代、入りやすくてなんぼだと思うんですけど、緊張感を持たずに足を踏み入れられる人だけが入れる空間みたいな感じで世間とは真逆の形態。でも、それがちょっと面白いなって思います」

その一方、不思議な出会いもよく生まれるそうです。

「私の人生に大きな影響を与えたインドネシアに関わりのある人が、何も知らずにふらっと訪れたり、知り合いの知り合いが訪れたり。閉じているようで、ゆるやかな繋がりを感じられた瞬間は不思議な気持ちになりますね」

「大きな流れの中で生きていることを実感したときが幸せなのかな」

最後に長本さんにとっての幸せをお聞きしました

「正直、幸せって何か今でもよく分からないんですけど、自分がポツンと存在してるんじゃなくて、もっと大きな流れの中に自分がいるって感じる瞬間があって。それが、幸せなのかなって思います」

その感覚は子どもを産んだことを機に強まったそうです。

「誰しも、繋がってきたから存在しているわけですけど、自分がまた次に繋いだことで、“この流れの中にいるんだ”っていうのを、すごく感じるようになったんです」

芸能、文化、人類学。長本さんが惹かれてきたものを辿っていくと、その根底にはいつも、“自分を超えた大きな流れ”への感覚がありました。

人が長い時間をかけて受け継いできたもの。名前の残らない誰かたちによって、静かに繋がれてきたもの。坐坐奔奔は、そんな流れの気配に、そっと触れられる場所なのかもしれません。

長本かな海さん/「坐坐奔奔」店主

長本かな海さん/「坐坐奔奔」店主

多摩美術大学芸術学科で学ぶ中、長野県や愛知県、九州の山奥で行われる夜神楽との出会いをきっかけに、伝統芸能の研究へ。卒業後はテレビ局や屋久島で障がい者によるアートプロジェクトに携わる。旅先で出会ったインドネシア・ジャワ島の憑依芸能「ジャティラン」に魅了され、多摩美術大学大学院芸術学科へ入学、2023年修了。現在はブック&カフェ「坐坐奔奔」を営みながら、本を通して人と芸能・文化の繋がりを見つめている。

坐坐奔奔(ざざほんほん)

坐坐奔奔(ざざほんほん)

住所:〒201-0013東京都狛江市元和泉2丁目14-2(野口晴哉記念音楽室)
営業時間:火、水、金、土12:00-17:30 (不定休あり)
メールアドレス:zazahonhonbooks@gmail.com

Instagram: zazahonhon/

画像/船場拓真
記事制作/株式会社ZEN PLACE

※イベントや営業時間などの最新情報は公式インスタグラムをご確認ください
※本記事は2026年4月に行った取材をもとに制作されたものです

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