映画ライター・よしひろまさみちの週刊映画コラム「後は、ご自由に」
#11『ノマドランド』|映画ライター・よしひろまさみちの週刊映画コラム「後は、ご自由に」

映画ライターで日本アカデミー賞会員のよしひろまさみちさんが、毎月のテーマに合わせて作品を紹介する週刊映画コラム「後は、ご自由に」。
5月のテーマは、頑張れない日があってもいいと思えるようになる映画。5月第3週目は、「逃げる自由」を教えてくれる『ノマドランド』をご紹介。
キャラバン生活を送る高齢者の暮らしにスポットを当て、多くの社会問題を描いた傑作
ノマドな暮らし。2020年以降、コロナ禍のリモートワークをきっかけに、多くの人が「暮らしの環境は仕事に依存しない」経験をしたことで、いわゆる移住組が当たり前になってきました。
これまでは経済が動き人が多い都会で仕事と暮らしを並走させていたものの、毎日定時に出社しないでも仕事が成立することを知った人が多いのですから、住環境を落ち着いた場所や故郷に移す、という選択肢は納得です。
でも、選択肢としてのノマドな暮らしではなく、必要に迫られて季節労働でノマドライフを送る人々がいることも忘れてはいけません。『ノマドランド』は、敢えて定住することをやめ、コミュニティに属さずに仕事がある場所から場所へと移り住むエッセンシャルワーカーたちを描いた作品。
原作は2017年に出版され、コロナ禍が来るなんてことは想像だにしなかったころに書かれたノンフィクション『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』がもとになっています。
リーマン・ショックをスタートラインに、2000年代後半から2010年代前半にかけて世界中の市場で起きた大規模な経済衰退=グレート・リセッションは、第二次世界大戦以来最悪の大規模景気後退とされています。原作はその大不況のなか、家を失い、季節ごとの仕事を求めてアメリカ大陸をキャラバン生活する高齢者たちの暮らしぶりにスポットを当て、多くの賞を受賞。
映画で主人公ファーンを演じたフランシス・マクドーマンドが、このノンフィクション本を気に入って映画化権を取得。それを本作でアカデミー賞を受賞したアジア系新鋭クロエ・ジャオが監督しました。
これだと、「ドヤ街で日雇い待ちする労働者」のように昭和な光景を思い浮かべるのでは? ところが現代のノマドは全く違うんです。まさにノマド=遊牧民。肉体労働ではあるものの、その舞台はほぼインドアの軽作業。
たとえばクリスマス前などのギフトシーズンだったらECの物流センターで箱詰め作業、というように、車上生活をしながら季節ごとの仕事があるところに赴いて生活しています。
それもシニア層が中心。若者が少ないのは、若者にはまだ選択肢があるから。高齢者にはそれしか選択肢がないんです。もちろん苦境ゆえに仕方なくこの生活をしているのですが、日本の日雇い労働者のような焦燥感はあまり感じられません。
ファーンと彼女を取り巻く実情、そしてノマドを敢えて選んだ人々。多くの社会問題を、ことさら声高ではなく、じっくりと実態を見せることで描き出した傑作。
もちろん社会の病巣は根深く、その問題は目を背けるべきではありません。が、主人公ファーンは帰る場所があっても敢えての自由と不自由を選んでいる。人それぞれに様々な事情がありますが、「逃げる自由」を知るのもこの作品の素晴らしさです。


