09|「中学校には、もう行かなくていいやって」。15歳から本屋を営む、「須方書店」店主・須方紀光さんの1日
こんな本屋に、行きたかった
「亡くなった弟と、一緒に何かやりたくて」|遺された本棚がきっかけ、雑居ビルの最上階に開いた本屋「Books&Gallery 海と本」店主・鎌田啓佑さんの1日|こんな本屋に、行きたかった
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ーー連載「こんな本屋に、行きたかった」。第10回は神奈川県鎌倉市、江ノ電長谷駅から歩いて3分の雑居ビル最上階にある「Books & Gallery 海と本」。
店主・鎌田啓佑さんがサーフィンにのめり込むようになったのは、浪人生時代から。大学入学後は海をテーマとした雑誌を刊行する出版社でアルバイトをし、卒業後は波の情報を扱う会社へ就職しました。
働きながら気象予報士の資格を取得した後は、webデザインや構築を学び、「鵠沼三丁目デザイン(現在は「UMIBE」)」として独立。そんな鎌田さんが本屋をはじめるきっかけとなったのは、約10年前、亡き弟が遺した本棚を目の当たりにしたときでした。
「弟の人生がそのまま詰まっているみたいで、切実さや大きさを感じたんです」
10代の頃から海とともにある暮らしを選んできた鎌田さんが、「Books & Gallery 海と本」を開くまで、そしてこの場所を通して感じることをお聞きしました。

「サーフィンは、チャラチャラしたスポーツだと思ってたけれど」。中学生で鎌倉へ、海とともにある暮らしの始まり
「中学生の時に鎌倉へ引っ越してきて、高校1年生の冬、クラスの友達からサーフィンに誘われたのが、今の暮らしの始まりです」
「それまではサーフィンをチャラチャラしたスポーツだと思い、正直、鼻で笑っていたというか。ただ実際にトライしてみると、その過酷さに気づきまして。上手く乗れないし、身体はガチガチに冷えて、終いには友達にボードを持ってもらって帰宅する始末。悔しかったんでしょうね。それから浪人生、大学生のときに、サーフィンにのめり込んでいきました」

在学中は海をテーマとした雑誌を扱う出版社でアルバイトをし、卒業後はサーファー向けの波の情報を扱う会社へ就職。毎日、波を見て時間があれば海に向かう日々。次第に、波を予想することに自信を持ちたいと、気象予報士の資格を取得しました。
その後、29歳の頃に独立を見据えてウェブデザイン会社へ転職、修行期間とも言える時期を経て「鵠沼三丁目デザイン(現在は「UMIBE」)」を立ち上げます。

「10年前に弟が亡くなって。遺された本棚を見たとき、彼の人生そのものが詰まっている気がしたんです」
独立後、30歳を迎えて間もなく、ぼんやりと考えていた「本屋を開きたい」という思いを形にする大きなきっかけとなったのが、負けず嫌いで、友達想いで、読書家だった弟との別れでした。
「闘病期間は半年から1年ほどでしたね。京都にある寺社の庭園を手がける庭師集団に所属していたのですが、ガンと宣告された時にはかなりステージが進んでいたんです」

「亡くなった弟の本棚には、子どものときに読んでいた手塚治虫のマンガから京都の歴史や建築にまつわる本、哲学書がぎっしりと並んでいました」
鎌田さんは、弟と交流のあった人達を訪ね、弟がどのような人物であったのかを訊きながら本や本棚などを手渡していきました。そして、その時間が本屋を開くという思いをはっきりと形にしたそうです。

「弟と何か一緒にやれることはないかな、そう思った時に本屋だなと。彼は本が好きで、僕は海が好きで。それに「何かやるんなら、こういう形がいいんじゃない?」と言われているような気がしたんですよ」
そして2022年、弟の誕生日である8月7日に「Books & Gallery 海と本」がオープンしました。店内にはその日から弟の写真が飾られています。

自然からの学びは海から、人からの学びは本から。店内に並ぶのは「僕が人に手渡したくなる本」
「波ってバラバラに見えて、実は“セット”と呼ばれるようにまとまって打ち寄せるんです。それを理解できないと、波を乗りこなすことはできない」
「そういった自然が持つリズムやルールから学ぶことってあるなと思っていて。一方、本は人から学ぶもの。その2つから自身にとって必要な何か、訪れる方々に感じ取ってもらえたら嬉しいです」

開店当初は海にまつわる本が中心だったもの、今は山なども含め、自然から派生したカルチャーも合わせて写真集やアートブックなど、装丁に工夫を凝らした本が並びます。
「並んでいるのは、僕の好きな本で手渡したくなる本。こういう本屋って、自分の部屋を開放していることと同じですよね。普通に暮らしていたら出会えない人と出会えることが、本屋を始めて良かったと思うことの一つです」

大切な一冊は、70-90年代を代表する伝説のサーファー・大野薫の「Snaps」
鎌田さんが大切な一冊として挙げたのは、27年前に亡くなったサーファー・大野薫による作品集『SNAPS』。サーファーでありながら文筆家・クリエイターとして生きる、その走りのような存在だと言います。
「僕自身、サーフィンをしながら、どうクリエイティブに生きていくか。大学生時代からずっと考えてきました。大野さんが、思い描いていた生き方のプロトタイプを作ってくれ他と思っていますし、この一冊がなければ、今のような生き方は選んでいないですね」

「20代の頃に思い描いた自分から見たら足りないこともある。でも今は、周りの人が健康で楽しくいてくれることが幸せ」
「自分にとっての幸せ…全く考えたことがなかったのですが、周囲の人達が健康で楽しくいてくれることが、幸せなのかな。家族や友人が楽しくなさそうな顔をしていることが、辛いな」
会社員時代はきっちり分けていた仕事と遊び。分けたいと考えていたうちは苦しかったそうですが、今の形になってからは境界が曖昧になり、遊びが次の仕事に繋がる感覚が心地いいと話します。

「20代の頃に描いてたことで叶っていないこと、足りないこと、たくさんあります。でも、当時の自分が今の自分を見たら「まぁまぁ頑張ったんじゃない?」と言ってもらえるくらいの人生にはなっているのかなと思います」



