映画ライター・よしひろまさみちの映画コラム「後は、ご自由に」
#21『ビッグ・フィッシュ』|映画ライター・よしひろまさみちの、映画コラム「後は、ご自由に」

映画ライターで日本アカデミー賞会員のよしひろまさみちさんが、毎月のテーマに合わせて作品を紹介する、映画コラム「後は、ご自由に」。
8月のテーマは、過ぎ去るものと向き合うヒントが詰まった映画。第21回は、ティムバートン監督の2003年公開映画『ビッグフィッシュ』。大袈裟な話ばかりで真実を語ってくれない父と、そんな父の過去を知りたいという息子の物語。
人生は長いようで、語るべきことはそれほどない……と思っている方。その考えはちょっと違うかも
夏はいろいろなイベントがあると思いますが、実家を離れて生活している方にとっては「親孝行」の時間でもあるのではないでしょうか? 『ビッグ・フィッシュ』はそれを思い出すのにぴったり。
すごく個人的な思い入れですが、この作品と初めて出会ったとき、父を亡くしたばかりで、枯れるまで涙がドバー。
この作品は、「失いかけて初めて、その人と過ごした時間の価値に気づく」ということを、寓話のような物語で描いています。
主人公ウィルは、父エドワードが語る奇想天外な昔話を、子どもの頃から聞かされてきました。魔女や巨大魚、空を飛ぶ町などなど……。その話はいつも大げさで、子ども心ながらも「これはウソだ」と分かるレベル。だからこそ、大人になったウィルは、そんな父を「本当のことを話してくれないクズ親」と感じてしまい、疎遠になっています。
そんなエドワードが病に倒れ、ウィルは父の過去は本当はどんなだったのだろう、と探るようになります。強烈なインパクトがあるのは、若き日のエドワードが恋人のために、彼女の家を一面の水仙で埋め尽くすシーン。
おとぎ話のようですが、「自分の気持ちを形にして伝えたい」という極めてシンプルな感情に満ちています。
そして終盤は涙の洪水。死が迫ったエドワードは、ウィルに自分の最期を物語として語ってほしいと託し、思い出の川へ向かい、エドワードが巨大魚となりウィルのもとから去っていく……。
そのあと、エドワードの死をいたみ集まった人達は、みなエドワードのホラ話に出てきた人々。もちろん魔女はいませんし、巨人もいません。
が、おそらくエドワードはそこに集まった彼らと、大事な時を過ごし、それに尾ひれ背ヒレをつけた「嘘も方便」という物語を紡いでいたことがわかります。
それは、とりもなおさずエドワードが人生の大切な瞬間を盛ってでもいいから残そうとしていたのだ、とウィルは理解するのです。
ウソのない正直な話だけで親の人生を知るのはもちろん大事です。が、誰かと過ごした時間を物語として覚えておくことの意味がどれほど深いことか、この作品が教えてくれました。
人生は長いようで、語るべきことはそれほどない……と思っている方。その考えはちょっと違うかも、と思い直すことになるかもしれませんよ。



