こんな本屋に、行きたかった

こんな本屋に、行きたかった
09|「中学校には、もう行かなくていいやって」。15歳から本屋を営む、「須方書店」店主・須方紀光さんの1日

ーー連載企画「こんな本屋に、行きたかった」。第9回は埼玉県深谷市、七ツ梅酒造跡地にある須方書店です。小説やエッセイ、詩集など、ジャンルを限定せず、思いがけない一冊に出会える古本屋です。その前身は「円の庭」。店主の須方紀光さんは、登校拒否で家にこもり続けた中3・15歳の頃、映画館でボランティアを始め、映画監督・入江悠さんの父、明さんと出会います。「本が好きなら一緒にやるか」と誘われたことが、本屋への道の始まりでした。

映画や本、人との出会い。そして、亡き夫の蔵書を託した女性との出来事。10年以上、本屋を続ける紀光さんの歩みと、これまでに出会った人や出来事について、お聞きしました。

「本が好きなら、一緒にやるか」。道しるべとなったのは、本と映画だった

小学校から中学校へ進学し、それまで仲の良かった友人との関係が変わったり、新しい人間関係が生まれたりするなかで、少しずつ居心地の悪さを感じるようになったという紀光さん。

「地域にあるいくつかの小学校を卒業した生徒が、中学校でいきなり合流するって、なんか馴染めなかったんです。今まで交流のあった友達も、次第にその人じゃなくなっていくというか。それで1ヶ月、2カ月と休んでしまって。それが続くと、学校に行くのも億劫になるじゃないですか。授業中も本ばかり読んでいたし、もう行かなくていいかなって」

中1から家にこもって過ごすようになった須方さんが夢中になったのは本を読むこと、映画を観ることでした。

「両親は無理に学校へ行かせようとはしなかったものの、外へ出ずに他者と関わらないことが心配だったみたいです。それで「映画が好きなら、ここでボランティアしてみたら?」と紹介してくれたのが、七ツ梅酒造跡地の敷地内にある深谷シネマでした」

15歳で始めた、週1回のボランティア。やることを終えて、映画を1本観るという時間が心地良かったそうです。そして、働いて間もなくして出会ったのが、映画監督、入江悠さんの父・明さん。

「本が好きなら、一緒に本屋やるか」。その声掛けが須方さんを本屋という道へ導くことになります。

およそ2年後、明さんは別の道へ。お店は「円の庭」から「須方書店」に

明さんに誘われた本屋では、文化サークルのような形で本と関わることが多かったそうですが、彼自身、新たにやりたいことが見つかったことを機に、本屋の在り方は須方さんに託されました。

「同年代の子たちは、高校に通っている一方、僕は言ってしまえば中卒で。学歴というものがなかったですから、不安というよりもやるしかないという気持ちが強かったです」

「両親も須方書店としてスタートを切ることを応援してくれて。出張買取も一人ではいけないので、車を運転してもらってお客さんを訪ねていました」

今でこそ明るく話上手な紀光さんですが、本屋を始める前は人と話すのが苦手だったそうです。ただ、本屋を通して人と出会う繰り返しの毎日で、気づけば人と話すことが好きになれたといいます。

「今はあまりやっていないのですが、当時はお客さんとおすすめの本を貸し借りしていて。ただ、この本を絶対に読んでほしいという気持ちよりも、本を返しにまた会いに来てほしいという想いを込めて、渡していました」

本屋としての自分が、いつの間にか本を売る場所をつくったことが、いつの間にか、人と会う場所をつくることにもなっていました。

「主人が夢に出てきて、“あの書類どうしたんだ”って怒られちゃいそうね」。人との出会いで形作られる、須方書店

2014年から買取でコツコツと集めた本をはじめ、レコードやCD、映画のパンフレットなどは1万点に上ります。中でも、思い出深い出会いとして挙げてくれたのが、大学教授だったパートナーに先立たれた女性の家に買取出張で伺ったときのこと。

「その方はパートナーが亡くなった後も10年間、彼の書斎にあった本や資料を手放すことができずにいました。本には直筆の書き込みもあり、持ち主が時間を積み重ねた痕跡が残っていて。全て手放すのはもったいないから、いくつか残そうと提案をしました」

「仕分けが終わり、帰ろうとしたとき「こんなに整理したら、夢の中で主人に”あの書類どこにやったんだ”って怒られちゃいそうね」と声をかけられて」

ただ、その表情は明るく、今でも忘れられないと言います。そのほかにも、買取前にコーヒーをいただく時間があったり、「あなたに頼んでよかった」と言われたり。行く先々での出会いで須方書店は形作られています。

大切な一冊は29歳で逝去した明治生まれの詩人・八木重吉の「八木重吉詩集」

その中でも、紀光さんの心に残った詩として挙げてくれたのが『雨』。『雨は土をうるおしてゆく 雨というもののそばにしゃがんで 雨のすることをみていたい』

「本当に短い詩ではありますが、こういう風に思える精神的な豊かさだったり、平穏さだったりに憧れるなって。こういう感性を大切にして、日常が過ぎていくのを感じたいなと思います。単純にこういう時間を過ごしてみたいなって」

この建物の2階からは深谷市出身・渋沢栄一の著書「実験論語処世談」が出てきたのだそう。当時、酒蔵を営んでいた当主に想いを馳せながら、現在はレジ下のケースに展示されています。

「変わったのではなく、取り戻したという感覚」。10代の自分と、今の自分

「10代の頃の自分を知っている人からは、”須方くん変わったよね”と言われるんですけど、明さんだけは“全く変わってないよ。元々そうだったから、今出来てるんだよ”って言ってくれて。それがすごい嬉しいんです」

「買い取って終わり、売って終わりではなく、出会いの中で生まれる会話が楽しみになっていて。むしろ本を読むより面白いかもしれないです(笑)」

「カレーを食べた、そのカレーを使って作ったカレーうどんを食べるとか。そういう日常の流れを感じられることがしあわせ」

「何をしている時がしあわせか…すごく難しいですし、仕事プライベートで分けるべきではないと思うのですが、本屋ではお客さんと心が通った瞬間を感じられたとき。プライベートでは美味しいものを食べてるときですかね

「例えば、カレーを食べた次の日に、そのカレーを使って作ったカレーうどんを食べるとか。そういう日常の流れを感じられることがしあわせですかね。しあわせのハードルが低いのかも…でも、それでいいんですよ」

須方紀光さん/「須方書店」店主

須方紀光さん/「須方書店」店主

中学1年生で登校拒否を選択し、地元・深谷シネマでのボランティアをきっかけに、映画監督・入江悠さんの父、明さんと出会う。「本が好きなら、一緒にやるか」の一言から本屋の道へ。当初の屋号「円の庭」を、2014年頃より「須方書店」と改め営む。埼玉県深谷市・七ツ梅酒造跡地、1万冊以上の蔵書には明治から令和まで時代の異なるものが所狭しと並ぶ。コンセプトは決めず、好きだと思えば本に限らず買い取っている。

須方書店

須方書店

住所:〒365-0825 埼玉県深谷市深谷町9-12
営業時間:月・水・金13:00〜18:00/木・土・日11:00〜18:00(定休日:火曜日)
※詳細は公式インスタグラムよりご確認ください


住所:〒971-8171 福島県いわき市泉ケ丘3−22−4
営業時間:水〜土 10:00–18:00、日曜 10:00-16:00/定休日:月・火
※詳細は公式インスタグラムよりご確認ください

Instagram: sugatabooks/

画像/林真奈
記事制作/株式会社ZEN PLACE
※イベントや営業時間などの最新情報は公式インスタグラムをご確認ください
※本記事は2026年9月に行った取材をもとに制作されたものです

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