映画ライター・よしひろまさみちの映画コラム「後は、ご自由に」
#19『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』|映画ライター・よしひろまさみちの、映画コラム「後は、ご自由に」

映画ライターで日本アカデミー賞会員のよしひろまさみちさんが、毎月のテーマに合わせて作品を紹介する、ほぼ週刊の映画コラム「後は、ご自由に」。
8月のテーマは、過ぎ去るものと向き合うヒントが詰まった映画。第19回はディズニーワールド…の目の間にある激安モーテルで暮らす母子の物語『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』。
楽しいだけが夏じゃなくて。今に目を向ける、ムーニーの視点から「過ぎていくものの価値」を考えてみる
まさに夏映画、そしてある特定の戻らない時間について描かれた作品があります。それが『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017年・アメリカ)。
監督はこの作品の後で製作した『ANORA アノーラ』でアカデミー賞を制したショーン・ベイカー。彼は社会の片隅ではぐれるかはぐれないか瀬戸際の人々を描きつづけてきたインディペンデント映画の大物です。
そんな彼が着目したのは、フロリダのディズニーワールド……のご近所にある激安モーテルでした。主人公は6歳の少女ムーニー。母親のヘイリーとモーテル「マジック・キャッスル」で暮らしています。
母子の経済はどん底ですが、ムーニーにとってそこは巨大な遊び場。親友と一緒に空き地を走り回り、廃墟のような建物を探検し、アイスクリームを食べ、いたずらをし、モーテルの支配人から怒られる。環境は仮住まいのモーテルですが、子どもらしい子どもの生活です。
しかも、大人から見れば何もない夏なのに、ムーニーにとっては世界のすべてが輝いている、特別な夏。でも、そんな夏は永遠には続きません。
母親の生活が破綻したことをきっかけに児童福祉局が介入して、ムーニーの「当たり前」の暮らしは少しずつ崩れていきます。
ディズニーワールドに観光に来るファミリー客とその片隅でギリギリで生きる母子の対比をすることで、どんな子どもにとっても夏のレジャーシーズンは格別なものであり、それはそのときにしか感じられないもの、ということを描き出しているんです。
たとえば、ムーニーたちがモーテルの周辺を走り回るシーン。彼女たちは完璧な観光地として整備されたディズニーワールドが目前にあることを知っているけど、空き地や古い建物などを最高の遊び場に変えてしまいます。
それって、子どもだけが持つ想像力と創造力ですよね。なんでもない場所を「魔法の国」に変えることができるんですからすごい。このすごいパワーは、彼らの年頃だけのものですし、その瞬間にしか発揮されないんですよ。
こんな貴重な瞬間、大人だったら大事にしてあげたいじゃないですか。
終盤、ムーニーと親友が手をつなぎ、文字通りの夢の国・ディズニーワールドへ向かって走り出す場面は、彼らが作り出した「最後の逃避行」のようにも見えます。
めちゃ強烈(ちなみにD社の許諾が降りなかったため、敷地外までです)。
タイトルにある「真夏の魔法」は、「楽しい時間が永遠に続く」という意味ではありません。
むしろ、いつ終わるかわからない時間だからこそ、子どもたちはその瞬間を全力で遊んでいるんですね。こうした「終わり/別れの気配」がつきまとうのも夏の特徴。
楽しかった時間ほど、終わるときには切なさを残すものですし、この作品は、その切なさを、刹那な子どもの目線から描いた作品です。
過ぎていくものの価値は、それが失われるまで気づけないものですからね。だからこそ、「今、目の前にあるこの時間を、ちゃんと覚えているだろうか」と、この作品は問いかけているのです。



