04|坐坐奔奔「長い月日をかけて“型”となり、文化となった芸能に魅せられて」
映画ライター・よしひろまさみちの週刊映画コラム「後は、ご自由に」
#12『PERFECT DAYS』|映画ライター・よしひろまさみちの週刊映画コラム「後は、ご自由に」

映画ライターで日本アカデミー賞会員のよしひろまさみちさんが、毎月のテーマに合わせて作品を紹介する週刊映画コラム「後は、ご自由に」。
5月のテーマは、頑張れない日があってもいいと思えるようになる映画。5月第4週目は、東京の公共トイレ清掃員として働く平山のルーティン化した生活から、変わらない日々を生きられる幸せやありがたみを描いた『PERFECT DAYS』をご紹介。
世間的な欲を少しだけ削ぎ落とすことで、これまで見えなかった世界が拓ける可能性がある
ルーティンだけの生活。それを退屈と思うか、それともそのほうが楽と思うか。個人差ありますよね。今回紹介する『PERFECT DAYS』は後者の方を選んだ壮年の男の物語です。
渋谷の公共トイレの清掃員をしている平山は、東京スカイツリーの近くにある風呂なしアパートで一人暮らし。日が昇る前に起きて準備をし、自前の軽自動車を運転して渋谷で午後早めの時間まで清掃を行う単調な毎日を送っています。
楽しみは自転車で行ける距離にある銭湯でのひとときと浅草の焼きそば店での晩酌。ルーティン化した彼の生活は退屈に見えるかもしれません。
そんな彼の日常にちょっとした変化が。それは家出してきた姪っ子の来訪。幼い子を一人残して仕事に行くわけにもいかず、彼女を連れて仕事に行く日々が始まります。すると、単調にしか見えなかった彼の生活が、ちょっとだけ華やぎを持ち始めるのです。
特にこれといってルーティンが変わることはありませんし、姪っ子が問題を起こすわけでもありません。ただ、これまでになかった他者の存在があることで、変わらぬ日常に対してのありがたみや幸せを感じるようになります。
とてつもなく静かな、特に事件らしい事件も起きない映画です。が、訴えかけるものは非常に重く、観る人それぞれに受け止めるところも変わってくるヒューマンドラマです。
渋谷の公共トイレを著名な建築家のデザインで一新するプロジェクトの一環として始まった企画ものですし、エッセンシャルワーカーの苦労を美化し過ぎている、といった批判もあったことは否めません。が、ここで考えたいのは、「果たしてこの企画を日本の監督が手掛けていたら」というタラレバ。
もしそうだったとしたら、そもそもの企画が暗礁に乗り上げてたでしょうし、格差を如実に表現して悲壮感漂う作品になっていたでしょう。小津安二郎をこよなく愛するヴィム・ヴェンダースが監督したことで見えてきたのは、言葉は少ないながらも訴えるものが大きい、黄金期の日本映画のすごさ。
戦後の厳しい時代、未来への希望だけを糧にしてつつましく生きる人々を描き出した、往年の映画達へのリスペクトでした。
もちろん今はそういう時代ではありませんし、格差をはじめとする現代社会の問題を描くことはとても大事なことです。でも、本作の平山のように何もないからこそ得られる幸せは、時代が変わっても存在します。
平山の暮らしは選ぶべくして選んだことが後半部で少しだけ明かされていきますが、本当は何があったのかは全く不明のまま。
平山のように全てを手離してリスタートしろ、という極論ではありません。世間的な欲を少しだけ削ぎ落とすことで、これまで見えなかった世界が拓ける可能性がある、ということに注目してください。せせこましい日常を送っている人ほど楽になりますよ。


