しあわせのカタチ

こんな本屋に、行きたかった

こんな本屋に、行きたかった
02|植物の本屋 草舟あんとす号「人と自然の関係性が、回復することを願って」

連載企画「こんな本屋に、行きたかった」。第2回は、東京都小平市小川町にある「草舟あんとす号」。店内には、人と植物の関係性を軸に選ばれた約700冊の本が並びます。

「園芸の専門書だけでなく、物語の本も一緒に置いてあるお店があったらいいなと思ったんです」

その言葉から始まった店主・宮岡絵里さんへのインタビューは、「草舟あんとす号」が知識を得るためだけの場所ではなく、人と自然とのつながりに静かに触れ直す場であることを、やわらかく浮かび上がらせていきました。

『秘密の花園』が教えてくれた、新たな景色

かつて、店主の宮岡絵里さんは、埼玉県飯能市にあった「メディカルハーブガーデン薬香草園」で庭の手入れを仕事にしていました。植物と向き合う日々の中、一冊の本が、後の人生を大きく変えることになります。

「大人になってからフランシス・ホジソン・バーネットの『秘密の花園』という本に出会いました。そこには私が求めている、植物と人間とお庭の関係性が理想的に描かれていたんです。園芸の専門書だけでなく、物語の本も一緒に置いてあるお店があったらいいなと思い、そのときに本屋を開きたいなって」

現在、草舟あんとす号の一つ隣にある「コトリ花店」での出会いが、この場所で本屋を開くきっかけとなったそうです。

「コトリ花店でやっていたイベントの場に行ったとき、植物を扱う小さな本屋をしたいと雑談の中で話をしていたんです。そしたら、このスペースが空くタイミングでお声をかけていただいて。2017年に『草舟あんとす号』をスタートすることになりました」

人と植物の繋がりを感じる700冊の物語

棚に並ぶのは、宮岡さんが選んだ約700冊の本。その基準は、単なる知識の習得ではなく、もっと根源的な「つながり」にあるといいます。

「植物の本といっても、図鑑だけではありません。レシピや物語、工芸など、人と植物の接点はたくさんあるんです。専門的すぎて難しいものよりは、絵本のように優しい内容のものや、年齢に関係なく植物の世界が広がっているような本を選んでいます」

特に大切にしているのは、自然に対するリスペクトと調和の視点。宮岡さんが人と植物の関係をより深く意識するようになったのも、2011年の東日本大震災が大きな転機だったといいます。

「2011年の東日本大震災で、自然と人間の関係性を自分なりに深く受け止める機会がありました。それを受け止めた時に、先住民の人たちがどうやって自然や植物と接していたのか、そのあり方にすごく心打たれたんです。

地球や植物といったあらゆるものにリスペクトを持って接するあり方が、もう少し回復できたらと思っています。そんな願いをヒントに、本を色々な角度から選んでいます。最近は、植物療法や中世の歴史など、古の知恵に関心があるお客様も多いです」

時代を超えた古典、今を綴るZINEまで
宮岡さんにとっての「いい本」

宮岡さんにとっての「いい本」とは、知識を得るための道具ではなく、今の自分に寄り添ってくれる存在だといいます。

「表紙のレイアウトだったり、悩んでいる時にぴったりの言葉が書いてあったり。どこか自分にカチッとハマる本ですね。

何千年も前に生きていた人と現代人が同じだと感じさせてくれる古典もあれば、今この時だから出てくる言葉を綴ったZINEのような小冊子も、ライブ感があってどちらも好みです」

中でも、特に印象に残っている一冊として挙げたのが、ル・クレジオの『歌の祭り』。

「その中にある「すべては結ばれている」という章には、19世紀の先住民の訴えでもある「大地を大事に世話してください」という内容があって。植物や大地に対する私の想いとつながっていて、言葉で伝えきれないくらい、心を打たれました」

自由と責任の心地よさ
そして「調和」という幸せ

一人でお店を切り盛りする日々。宮岡さんは、その孤独さえも楽しんでいるようにみえます。

「一人が楽しいんです(笑)。自分の責任で、自分のリズムで生きていける。自由と責任が一体となっていて、納得のいく判断を模索できること自体が幸せだなと思います」

宮岡さんの語る「幸せ」には、2つの形がある。一つは好きな本に没頭する個人的な時間。そしてもう一つは、周囲との穏やかな関係性です。

「自分と周りの人々、街、自然が調和している状態に幸せを感じます。たとえば、京都の鴨川沿いのように、人々が思い思いにリラックスしている風景を見ると、人間に希望を感じるんです」

これからも進んでいく
花を積んだ舟

「草舟あんとす号」という名前には、この街への愛着と、店としての在り方が込められている。

「ここは小川町なので、小川に合った『舟』。そこに植物を連想させる『草』を合わせました。『あんとす(anthos)』はギリシャ語で『花』という意味。花を積んだ草の舟、という設定なんです」

現在はまだ理想の5割程度、と宮岡さんは笑います。今後はさらに古本を充実させ、世界中の植物の本を集め、植物学や生物学的な観点からなる展示も行いたいと夢を膨らませています。

花を積んだ小さな草舟は、これからもゆっくりと、訪れる人の心に寄り添う一冊を運び続けていくでしょう。

宮岡絵里さん

宮岡絵里さん

埼玉県出身。植物の本屋「 草舟あんとす号」店主。「メディカルハーブガーデン薬香草園」で庭師としての勤務時代に童話『秘密の花園』に感銘を受け、植物の再生と人の心の癒やしをつなぐ書店の構想を抱く。書店員としての修行を経て、2017年に東京都小平市の「Holy garden」内に開業。3坪の小さな店内で、図鑑や絵本、文学、植物療法など多角的な選書を行うほか、植物学への深い知見を活かし、本を通じて人間と植物が親密に寄り添う豊かな暮らしを提案している。

草舟あんとす号(くさふねあんとすごう)

草舟あんとす号(くさふねあんとすごう)

住所:〒187-0032 東京都小平市小川町2-2051
営業時間:土・日・月・火 12:00〜17:00
電話番号:080-1330-5452
X:kusafune_anthos

文/山﨑穂花
画像/船場拓真
記事制作/株式会社ZEN PLACE

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※本記事は2026年1月に行った取材をもとに制作されたものです

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