こんな本屋に、行きたかった
こんな本屋に、行きたかった
07|本屋ひとりごこち「さまざまな人に、「この場所に居てもいい」と思ってもらえるように」

ーー「一人ひとりの“ここちよさ”を探る、手引きになれば」|築60年の金物商家が、本屋と喫茶、展示室に。「本屋 ひとりごこち」店主・神岡紗緒さんの1日【こんな本屋に、行きたかった vol.7】
連載企画「こんな本屋に、行きたかった」。第7回は埼玉県飯能市にある書店兼喫茶・展示室「本屋 ひとりごこち」です。
築60年の古民家を改築した建物の1階には、哲学や倫理、アート、デザインなどを中心に約1700冊の本が並び、喫茶と展示空間が併設されています。2階には、パートナーの神岡真拓さんが代表を務めるデザイン事務所があり、一棟全体が「本」と「デザイン」の拠点となっています。
「さまざまな人が、ここに居てもいいと思える空間であり続けたいんです」
店主・神岡紗緒さんのお話は、本に囲まれた空間に救われてきた自身の経験から、誰もが目的を持たずに立ち寄れる居場所をつくろうとする、営みのあり方について考えさせてくれるものでした。

自分の中だけにある感覚“ひとりごこち”をかたちにして、外に表せるように
歩いて7分ほどの場所に入間川が流れ、自然が身近に感じられる「本屋 ひとりごこち」。かつて地域で親しまれていた「森口金物店」の建物はそのままに、誰もが気軽に入れる、そして居続けられる空間が魅力のひとつです。
「店名は『本屋 ひとりごこち』といいます。まだ言葉にできないけれど確かに感じている感覚・感情って、それぞれが抱いていると思っていて。そういうものを本や言葉、イラストとの出会いを通して体の外側に表現する、あるいは心地良さを探るための手引きとしてお店が存在できたらと思っています」
購入した本はカフェスペースで、そのまま読むこともできます。ご近所のパン屋「ハチタカ」の食パンを使用したたまごサンドや、宮崎県「宮﨑茶房」の茶葉で淹れた和紅茶とともに、気ままな時間を過ごすことができます。

「本のある場所が居場所だった」。並ぶのは内側の思考を深めてくれる本と、思考を表現としてひらくための本
本屋さんの店主というと、幼い頃から読書家というイメージがついてきがちですが、神岡さんは読書が得意だったわけではなかったそうです。
「どちらかといえば本に囲まれた空間が好きというのが近しいです。小学生のころ、学校へ行けない時期があったのですが、その代わりに足を運んでいたのが近所の本屋や図書館でした。そして、いつしか自分の居場所になっていきました」

店に並ぶ本には、「ひとりをひらく」というコンセプトがあります。
「一つは、自分の内側の思考を深めてくれるような本です。哲学や倫理、学術系など、教養にも繋がる本を選んでいます。そしてもう一つは、それらを通じて養った思考を表現として外側へひらいていくようなデザインやアートに関する本が中心です」
現在は約1700冊が並び、選書はもう1名の店舗スタッフと相談しつつ、デザインにまつわる本についてはパートナーである真拓さんが選ぶことが多いそうです。

「さまざまな人がいてもいい」と思える場とつくるために
「街の中で、目的がなくても立ち寄れたり、滞在できたりする場所って、少なくなってきていると思っていて。だからこそ、何も用事がなかったとしてもふらりと立ち寄れたり、ちょっと雑談ができたり。目的がなくてもいていいと思える場所であり続けられたらいいなって思ってます」
店内では、本を起点としたイベントも定期的に開催しています。
「5月のイベントは、写真集の刊行を記念とした写真展、合わせて家族写真やパートナーとの写真を撮影するというもの。もう一つは、本を出版されているお二人をゲストに迎え、小さな本屋が続いていくために必要なことや街にひらいた空間にしていくための工夫をテーマにトークをするという二つのイベントを開催しました」

リアルイベントの良さについて、神岡さんは少し考えながら言葉を続けます。
「目の前にいる人の言葉を空気感や仕草までを含めて聞き取ることで、受け取れるものってきっとあるはずなんですよね。頭で理解するだけではなく、身体で感じてもらう。それによって腑に落ちる体験を届けられたらと思っています。
お店を始めてから、お客様の言葉に励まされることも多いそうです。

「一番嬉しいのは、長くこの街に住まれている方から、『こういうお店ができてうれしい』と言っていただいたときですね。ここは昔『高麗横丁』という商店街だったこともあり、中には『昔の光景が少し戻ってきたような気がする』と話してくださる方もいるんです」
「また、プレオープンの頃から通ってくださっているお客様は、入籍日に立ち寄ってくださって『これから婚姻届を出しに行くんです』と人生の節目の日に、お店に来ようと思ってくれたことが忘れられないほど嬉しい思い出になりました」

神岡さんの大切な一冊『ほんとうのことを書く練習』
お店を開く以前まで、長文を綴る経験がほとんどなかったという神岡さん。ただ、本屋を運営していくうえで伝えることが必然になり、自分らしい文章を模索していく中で出会った一冊となったそうです。
「筆者の土門蘭さんは小説やエッセイ、短歌のほかインタビューなども行う文筆を生業とする方です。そんな土門さんが「生きること」と「書くこと」の繋がりについて綴った一冊です」

「この本を読む前は、文章というのはパソコンの前に座っておりてきた言葉を書き留めるものだと思い込んでいました。ただ、読み進めていくうちに身体を動かしたり、心動かされる経験を繰り返し、日々を生きることが文章を綴ることに繋がるのだと、初心に立ち返れました」
また、自分の気持ちを探り続ける大切さにも繋がったといいます。
「自分自身に対して『ほんとうは、どう感じている?』と問い続けることが、『ひとりごこち』を深めるためには欠かせないということにも気付くことができました」

神岡さんにとっての幸せは「続いていくこと」
「続いていくためには、長い時間軸で物事を考えることが大切だと思っています。それと、自分も周りの人も健康で、健やかに過ごせること。そういう日々の積み重ねが、幸せにつながっていくんじゃないかなと思っています」
その思いは「本屋 ひとりごこち」のあり方とも地続きになっています。
「実は7月から産休に入るんです。でも、その間もお店が続いていける形を考えています。営業時間を見直したり、スタッフ1名で運営できるルーティンを見出したり。赤ちゃんをおんぶしてお店に立つなんてこともあっていいんじゃないかって思ってます」



