04|きゅん、とするほうを選ぶ
古民家暮らし、「かのや」の青梅日日記。
古民家暮らし、「かのや」の青梅日日記。
03|五感が開く

山々に囲まれ、すぐそばには多摩川が流れる青梅の古民家「かのや」。暮らすのは織さんと夫と6歳の双子の子どもたち。ここでは何かを成し遂げるためではなく、日々の中に宿る感覚を丁寧に受け取ることから始まります。
連載「古民家暮らし、「かのや」の青梅日日(にちにち)記。」では、幸せを“探す”生き方から、“感じる”生き方へと戻った織さんと家族の日々が綴られます。
第3回目は古民家暮らしがもたらした、四季を五感で感じるということについて。

私、古民家が好きなんです。どこが好きかと聞かれれば、理由はいくつもありますが、とりわけ惹かれるのは、四季をそのまま五感に伝えてくれる力だと思います。
今で言う「不便で快適ではない」古民家がもたらす“感じさせる力”は、圧倒的です。隙間風が通る家だから、いつだって空気は新鮮。冷たい空気に触れるたび、神経がシャキッと目を覚まします。
銅板葺きの屋根は、どんな小雨でも「ポツポツ」と音を響かせ、締まりの緩い木建具は、風が吹くたび「カタカタ」と揺れる。音や風、温度の変化が、世界の振動として、そのままダイレクトに伝わってきます。
冬は縁側がぽかぽかと温まってきたのを見計らって、昼ごはんを食べたり、うたた寝をしたり。やわらかな冬の日差しを、そのまま享受して過ごします。
気密性の高い室内で、空調管理された均一な空気の中にいると、忘れてしまいがちな感覚。古民家での暮らしは、薄れていた五感をゆっくりと呼び戻してくれました。
五感が目覚めてくると身体がじっとしていられなくなって、これまで手を出したことのなかったことにも、自然と興味が向くようになりました。

そしてもうひとつ、自然に始まったことがあります。
庭と裏山がもたらしてくれる溢れんばかりの季節の恵み。それを前にして、季節の手仕事をするようになったのです。
冬には金柑や八朔が鈴なりに実り、春になると蕗の薹やタラの芽などの山菜、続いて竹林の筍。ご近所さんへ配っても配りきれず、お返しに梅や野菜をいただくことも増えました。
最初は、食べきれないから、腐らせるのはもったいないから。そんな理由で始めた甘露煮やシロップ、梅干しや味噌、漬物づくり。
気づけば毎年繰り返すうちに、手は慣れ、舌で覚え、今では季節になると当たり前のように作っています。
はじめはレシピ通りにグラムを量り、同じ味を再現しようとしていました。でも、自然の恵みは毎年ばらばら。均一なものなんて、作れません。
次第に、手の感触や匂いを頼りに、感覚で作るようになりました。「これとこれを合わせたら、どんな味だろう」そんな自由な試みが、いつしか楽しみになっていました。

味噌も、そのひとつです。麹を多めにして甘くしたり、豆味噌や麦味噌を試したり。子どもたちも、一歳の頃から一緒に仕込んでいます。
家族の手についている菌で味が変わるという手前味噌。子どものやわらかな手の菌は、きっと美味しいに違いない、なんて思いながら。
こうして季節の手仕事を重ねるうち、「自分の好みの味を自分の手でつくる喜び」を知りました。
高価で評判の良い調味料よりも、わが家だけの味が食卓にあること。今の私には、それが何より豊かに感じられます。
今日は、畑で採れたリーフサラダに、庭の金柑の甘露煮と人参で作った自家製ドレッシングをたっぷりかけて。そんな、いつもの食卓です。

