02|3.11 地域と私
ローカルシティ新潟島
ローカルシティ新潟島
03|疎遠になったプラスチックご飯

新潟県新潟市。日本海と信濃川に挟まれた小さな島のような地域を、地元の人たちは親しみを込めて「新潟島」と呼んでいます。そんな、ちょっと珍しい島内にある上古町には、築100年の長屋を改装した複合施設「SAN」があります。
連載「ローカルシティ新潟島」では、「SAN」立ち上げ人・副館長の金澤李花子さんがひとつの場所を通して生まれる“何か”に目を向けて気付いた、心地良い暮らしへの糸口が綴られます。
第3回目は「食べることは生きること」という言葉を機に感じた食生活と暮らしについて。
作り手が見えるように
私が新卒から約8年間、東京都内で出版社や広告プロダクションで働いていた頃。仕事に我武者羅で、とにかく時間が惜しくて、食事は空腹を埋めるものという時期がありました。20代前半で体力があったり栄養バランスが崩れても肌がたまたま丈夫だったり、食生活をおろそかにしてもトラブルもなく暮らしていました。
忙しい日々の合間にコンビニに駆け込み、デスクで食べるのは通称「プラスチックご飯」。コンビニご飯が悪という話ではなく、「作り手の顔が見えない食事」だったことを思い出すために同僚と作った造語です。都内で働いていた頃は、食材が自分の身体に入るまでの背景や作り手の存在を全く気にしていなかったように思います。
今新潟市で暮らしている中で、一番出会う職業が「作り手」。ご近所の飲食店の店主、農家、酒造りに関わる人、ハーブを作る人、和菓子や衣類など...何かを作り、人に届けるまでの距離感がとても近く、作り手の考え方や思いをダイレクトに受け取ることができるというローカルならではの利点には、感動する毎日です。

食べることは生きること
今でも「プラスチックご飯」を食べることもありますが、それもきっと誰かが作った食材で、誰かが調理して盛り付けて運んでいるもの。食べることへの意識がぐっと上がり、何を食べてどう暮らすのか考えることが必然的に多くなりました。
米と果物や野菜を育てる農家さんと話していた時のこと。「食べることは生きること」だという言葉を聞き、まさに、と感心しました。
もちろんUターン前の私も、「生きる」ために「食べる」行為を行っていました。動くため、働くため、必要なことだったからです。しかし今、「よりよく生きる」ために「よりよく食べる」ことに考えがシフトした感覚があります。自分の日々を豊かに生きるという大切さは、身近な作り手の皆さんが教えてくれたこと。「〇〇さんが丁寧に育てた野菜」や「〇〇さんが思いを込めて作ったもの」に近い場所で暮らすことで、たった一食の食事だけでも、その満足度や楽しさが何十倍にもなります。
それに気づいてから、食べることはそれだけでなく、ひいては生きること、暮らしの充実感につながっているのだなと感じる、ローカルな毎日です。


