03|わたしの「た」には「こ」が入っている
波のまにまに、地域おこし
波のまにまに、地域おこし
02|3.11 地域と私

福島県・いわき市で暮らす野村史絵波さん。東京、奈良での暮らしを経て地元でもあるこの地に戻ってきたのは、2023年のことです。海からほど近い古民家で夫、そして1歳の子どもと暮らしながら、地域おこし協力隊として故郷と未来を繋ぐお仕事をしています。
連載「波のまにまに、地域おこし」では、そんな史絵波さんが好奇心を源に海、街、人を紡いでいく様子をお届けします(たまに日常の便りも)。第2回目は、記憶とともに薄れゆく想いを自覚させられた3.11ついて。

毎年この時期になると、「東日本大震災から今年で◯年…」というアナウンサーの音声と共にテレビ特番が流れてきます。今年で15年経つのだけれど、「えっもうそんな経つのか」と毎回驚いてしまう。
当時の映像が映って、それが知っている場所だったときは、こんな状態だったのかという今更の驚きと、よくここまで復興したなという喜びで複雑な気持ちになりながら、大事なものを失った人たちに心を寄せる。我が家の2階の窓からは港と水平線が見えるのだけど、自然を目の前にして人間は無力だと思い知らされる。
私の住んでいる地域では、毎日お昼の時報が鳴ります。この時報が防災無線塔から地域中に鳴り響くのは、非常事態時に備えた動作確認なんだとか。この防災無線塔がなんと我が家の真後ろに立っていて、毎日けたたましい音が響き渡るもんだから、そりゃあもう大変。

子どもが生まれてしばらくの間、子どもがこの爆音で起きてしまわないようスマホのアラームをかけて事前に寝室へ行き、寝ている子どもの耳を塞ぐのが日課に。大変だけど、結果的にはサイレンの存在のおかげで、災害時の自分の行動を定期的に見直すきっかけになっています。
そんな防災無線ですが、もう一つ役割があります。3月11日の14:46に、黙祷の合図を送ること。聞き慣れた同じサイレンの音でも、その日だけは、いつにもまして耳にまとわりつくような、尚響く聞こえ方をしている気がします。
この日は、市内各所で追悼の催し物が開かれ、同刻にサイレンが鳴ります。去年はいつも見ている目の前の港に向かって祈ろうとその時間を待ちました。…が、なぜかこの地域の防災無線は鳴りませんでした。
あとから地域のひとに聞いてみたら、少子高齢化で担当する消防団が世代交代できていないか、働いている時間だから、鳴らす人がいなかったのだろうということでした。

なんだかハッとしました。自らの時間を使ってサイレンを鳴らし、祈りの時間をつくっていた人がいたということ。こうして記憶の風化が進んでいくということ。改めて、ここが過疎地域であるということ。
みんなで傷みを分けながら祈るということが、豊かさだったこと。この虚しさと、どこか他力本願だったことを自覚した悔しさをもとに、私に何ができるのだろうか。
地域活性の仕事をするうちに生まれた当事者意識によって、できることは山ほどあるのに片っ端からやるには数少ない若者としての孤独感が否めない。だから自分ができることを、無理のない程度にやる。この「選択」を大切にするようになりました。

