03|疎遠になったプラスチックご飯
波のまにまに、地域おこし
波のまにまに、地域おこし
01|やり直しという未来

福島県・いわき市で暮らす野村史絵波さん。東京、奈良での暮らしを経て地元でもあるこの地に戻ってきたのは、2023年のことです。海からほど近い古民家で夫、そして1歳の子どもと暮らしながら、地域おこし協力隊として故郷と未来を繋ぐお仕事をしています。
今月から始まる連載「波のまにまに、地域おこし」では、そんな史絵波さんが好奇心を源に海、街、人を紡いでいく様子をお届けします(たまに日常の便りも)。第1回目は、10年ぶりに地元で暮らすことになった史絵波さんの今について。

野村史絵波と申します。下の名前は「しえな」と読みます。福島県の海沿いに生まれ、美術大学進学をきっかけに、憧れの東京へ。そのまま東京で就職し、雑貨店の店長なんかをして、がむしゃらに働きながら、しばらく都会生活を楽しみました。
2021年には働いていた雑貨店の本社がある奈良へ移住。まちづくりにも関わる仕事の中で徐々に故郷を思い出すようになり、2023年、いわき市に戻ってきました。
今住んでいるところは実家から車で20分ほどの小さな港町。かつては漁業が盛んで栄えていましたが、今は過疎・高齢化が進んでいます。当時の風景を懐かしむじいちゃんたちは、地元の漁師が使ってきた漁業の道具、通称・漁具(ぎょぐ)を集め、自宅や借りた倉庫に保管していました。
時には、集会所で展示して、みんなで大事にしていたそう。けれど2011年、地震と津波が、漁具はもちろんのこと、暮らしもろともかっさらっていきました。

わたしは今、この漁具の生き残りたちを粛々と調査して記録し、漁具の資料館をつくることを目指しています。震災の被害を受けて気の毒だから、ではありません。先人の知恵が詰まった道具がおもしろいと思える、とても無邪気な知的好奇心ゆえです。
そして、漁具を守ってきた地域の人たちが今を生きていて、とっても元気だからです。
最初は頼まれ仕事として始まったこの活動。「若いのに田舎に帰ってきて、震災で苦労した老人たちと地味な活動をしている女性」として振る舞っていたこともありました。確かに間違ってはないけれど、なんか違う。被災地だから応援してほしい、というわけではない。
自分たちの日常は何事もなく続いてきたと、自分たちですら錯覚するほどに乗り越えている。わたしは高校一年生のときに被災したけれど、今、元気に生きていることが何よりも大事。地域の人たちも同じ経験をして、それぞれ今まで暮らしてきている。
津波で流されそうになった船を守ったことを武勇伝のように語るじいちゃんもいる。「いや、避難して」と思ったけど、目の前のその人が生きてて本当によかったとも思えた。

今も以前も、いろいろあったけど元気でいることは変わらない。漁具が地域を誇るものであることは変わらない。そう思うと、じいちゃんたちの「もう一度やり直しか〜〜」という無念の声は、未来を向いている言葉として聞こえてきました。しかも、それを語っているのが八十近い長老たち。
だから私は震災の背景をあえて伝えることをやめました。地域の人たちにとっては「地域の誇り」、私にとっては「見たことのないおもしろい道具」。それでいいんだなと思えてからは、私が感じるおもしろさを素直に伝えることにしました。
調査をして、記録して、保存しながら、伝える。これが結構根気のいる作業でして。残った漁具は幸いにもそれなりに量があり、いまだに数え切れていません。数千点はあるかも?
「「後世に残したい」って言っていたけれど、具体的にどうしたいですか?」。答えてくれるまで元気でいてくれ、じいちゃんたち。

