学校でピラティスをする教員と保護者

ピラティスは教育現場に何をもたらすのか?〜上祖師谷中が取り組む、教員と保護者の「自分を知る」研修

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仰向けで並んで寝そべる60人が、インストラクターの合図に合わせて一斉に動きだす。ピラティスでは基本中の基本のエクササイズである「ロールアップ」の動きだ。 息を吐きながら、背骨を下から一骨一骨動かすように、ゆっくりと上体を起こしていく。ゆっくり……上体を…起こ……「あれ? 全然起き上がれない!」。芋虫のような姿勢のままもがく隣同士が、顔を見合わせ、自然発生的に起こる自虐的な笑い声……。 どんな人でも最初からうまくはいかないもの。ピラティス未経験者を対象にした体験レッスンでは、毎回のように見かける光景だろう。しかしここはスタジオではなく、東京都世田谷区にある上祖師谷中学校の格技室。思うように動かない身体に四苦八苦しているのは、体験レッスンの受講生ではなく、同校の教諭と保護者の面々だ。 これは、BASIピラティスの出張レッスンを利用した同校の「ピラティス研修」の一場面。美術科教諭である深見響子さんの呼びかけで、このほど初めて実現した。 最近では研修やレクリエーションとしてピラティスやマインドフルネスを導入する企業が増えてきているが、公立中学校でのこうした試みは、全国的に見てもまだ珍しいという。ピラティスは教育現場や思春期の子息を抱える家庭に、何をもたらしてくれるのか。発起人である深見さんに、今回の研修の狙いや背景を聞いた。

腰痛解消のために始めたピラティスで、生徒との接し方に変化が

  今回の研修を提案した背景には、深見さん自身の「ピラティスによって救われた体験」があった。 「5年ほど前、授業の準備のために重い荷物を運んでいる際に、急性腰痛症、いわゆるぎっくり腰を発症したんです。もともとストレートバックと呼ばれる腰に負担がかかりやすい体型だったこともあるんですが、がむしゃらに働きづめだったことが祟って、身体が悲鳴を上げたんですね。 目に見える形で現れたのはそれが最初だったけれども、それまでにも心身とも、見えないところでガタがきていたのだと思います。そう思えるくらい、肉体的にも精神的にも余裕がなくて、追い込まれていた時期でした」 しかし、この怪我が転機となった。負担を軽減するため、それまでは担任だったものが副担任になり、時間的な余裕が生まれた。その間にどうにかして腰痛を治したいと思っていたところ、自宅の最寄駅で見つけたのが、BASIピラティスのポスターだった。 あくまで腰の痛みを解消するために始めたピラティスだったが、それ以上にいろいろな効果が実感できたと深見さんは言う。 「続けていくうちに、自分の身体が今どんな状態にあるのかということに気付けるようになり、さらに呼吸が深まるに従って、不安定だった自律神経のバランスも取れるようになっていきました」 こうした自分自身についてのさまざまな「気付き」は、学校での生徒たちとの接し方にも変化をもたらした。それまでは「焦ると緊張しがち」な性格が災いして思うようにいかないことも少なくなかったが、いつでも落ち着いて接することができるようになったという。

子供たちと向き合うには、まずは自分自身を知らなければならない

深見さんや同校の場合に限らず、現在の中学校の教諭というのは、とにかくシビアな労働環境に置かれているようだ。同校の中村真一校長は、中学校の現実を次のように説明する。 「教員の本来の退勤時刻は午後4時45分ですが、放課後の部活動指導を挟んだ後に、翌日の準備や行事の企画、学級活動の準備などを行うため、実際に退勤するのは午後9時になることもあります。学校の状況によっては生活指導や保護者への対応も加わり、さらに退勤が遅くなったり、土日に出勤したりすることも。肉体的にも精神的にも、先生方はかなり疲れているというのが実情です」 そうした労働環境下で、精神的なゆとりを持って生徒と接することがいかに難しいかというのは、想像に難くない。教員自身の心身の健康も蝕まれるし、何より生徒たちの微妙な変化に気付き、一人一人に寄り添った指導が十分にできるかには疑問が残るだろう。 現代社会においてそれは教員に限った話ではなく、家庭で子供たちと接することになる親たちも同様だ。思春期・反抗期の子供たちと向き合う中で毎日のようにトラブルになり、どうしていいか分からずに泣いているという親たちの声も、学校に寄せられるという。 教員や親が疲弊し、消耗した状態では、子供たちを理解することなどおぼつかない。「子供たちを理解するためには、まず教員や親が自分自身を理解するところから始めなければならないのではないか」というのが、深見さんが自身の経験から導き出した答えだ。 そして、ピラティスはそのための良い方法の一つになり得るという実感が、深見さんにはあった。今回、教員と保護者を対象にこのような研修を開いたのは、そのためだ。 「今回ピラティスをやってみてもそうですが、先生、保護者の多くは、自分の身体のここが動いていないとか、ここに痛みがあるとかも十分に分かっていない。もちろん先生方は色々なことを勉強されていますが、自分自身のことにはあまり目を向けられていない。子供を知ろうとする前に、まずは自分を知ることから始めてもいいのではないでしょうか」 もちろん、たった1回ピラティスをやっただけで何かが劇的に変わるわけではないだろう。それでも、実際に身体を動かすことで感じられる気持ちよさや気付きが何かしらあるはずで、この研修をきっかけに、「まずは自分を知ることの大切さを知ってもらいたい」というのが深見さんの思いだ。

ゆくゆくは生徒たちにも「正しい心身の扱い方」を伝えていきたい

最初の一歩を踏み出した深見さんと上祖師谷中学校にとって当面の目標は、継続的に開催することで、その意義に共感してくれる人の輪を広げていくこと。そしてそうした活動の先には、いずれ生徒たちの教育自体にもピラティスを取り入れる日を夢見ている。 今回指導に当たったBASIピラティスのインストラクターAkikoさんも、そうした考えに同調する。 「10代でも、すでに側弯症などの背骨の障害を持っている子が少なからずいます。日常的にスポーツをやって身体を動かしていても、同じ動きばかりを繰り返すために、バランスを崩してしまっているケースも多いのです。ピラティスを通じて子供の頃から基本的な身体の使い方を学ぶことには、非常に意義があると思っています」 「子供たちにピラティスを」というのは、ピラティスメソッドの考案者であるジョセフ・ピラティスが言い続けてきた理念でもある。海外ではこうした理念に基づき、学校教育にピラティスを取り入れたり、キッズピラティスという子供向けのプログラムを作ったりという試みが徐々に進んでいるが、日本ではまだ目立った動きには繋がっていない現状という。 予算面や前述したタイトな勤務実態など、実行するにはさまざまな障害があるが、体幹トレーニングの価値に注目する教員も増え始めているなど、追い風となる要素もある。深見さんは「まずは体育の教諭や区内の他の学校も巻き込むなど、長期的な視点を持って草の根的な活動から取り組んでいきたい」と啓蒙活動に意欲を見せている。 text by Atsuo Suzuki

前列中:上祖師谷中学校 中村真一 校長 前列左:同校 深見響子 先生 前列右:basiピラティスインストラクターMariko 後列左:同インストラクターAkiko 後列右:同インストラクターSaki

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